Mystyblue’s graffiti.

そうさくは たのしんでこそ はじまる。

人は見た目が何パーセント??

ふと思いついたテーマで記事を書いてみる。長文かつ勝手な考察です。

 

話題になったよね〜!「ひとパー」こと人は見た目が100パーセントという言葉が!

この言葉を聞くと、思うところがあって、真剣に考えてしまう。今まで、冷静に考えて結構、容姿の美醜が関わる体験で、多く辛酸を舐めてきた気がするのね……。

 たとえば、昔々のある日。小学校での卒業式を控え、卒業アルバムに載せる笑顔の表情の写真を撮っていたとき。私の笑顔の撮影風景を見ていた周りの同級生から、こんな野次が飛んだ。

「めるぼーは笑顔にならなくても、元から歯が出てるから大丈夫(笑)」

それを聞いた私、ショックすぎて表情筋が硬直。もう笑顔作るどころのテンションじゃない。確かに当時、上顎の歯並びが特に悪くて、歯科矯正に踏み出すことになったとはいえ…残酷!!もう心はナイフで切られたみたいにズッタズタ🗡💔

思春期の子供って大人より残酷なこと言う。

 そんな容姿にまつわる負の体験が、思春期に多かったんですよねー。そんな中、こんな体験、万人ウケする容姿だったら回避出来てたの?一体見た目って何?内面に意味あるのかな?ということを、考えながら育ってきた。だから、雑誌等でメイク術やらお高めのコスメやら、そんなのを見ると、憧れる気持ちと、どーせ私なんて…的気持ちがごちゃ混ぜになることが今でもよくある。

 

 上記のエピソード等があって、もうこんな嫌な思いをしないようにと、数年前からずっと歯科矯正中。担当の先生のお話では、あとちょっとでだいぶ整う段階まできているみたい。コンプレックスは本当に精神に悪影響😥だから変えたいと思った。コスメでハイライト&シェーディングを頑張れても、本当に骨格や歯並びをいじるとなると、1人じゃ出来ない。周りの協力と、時間と、おカネが要るもの。でも、その甲斐あって自分を変えるには大きな一歩になった。無くなりかけていた自信が回復する感覚。

 

さて、ちょっとここで、外面が良い人に関する、個人的な負のお話をひとつ😩

私の学生時代、ある科目を担当していた先生で、モデルになれそうな見た目の男性がいた。

本人もそのことを自覚していたようで、容姿に関するモテ自慢が、控えめに言っても多かった。その人の本業は、研究職のようだったけど、高学歴で、博士号を持っていて、社会的地位は高めだった。これだけでも、周りの生徒からの信頼と尊敬を獲得するには十分。加えて、180超えの長身。担当教科の影響か、トークも上手。横顔のEラインもちゃんとある。確かに、街にいたら十中八九女性は振り返るであろう、一目置かれる見た目。昔でいう「三高」が当てはまりそうな人物だった。
でも、授業を受けたり色々会話をしていたとき、私の中である考えが、段々と固まっていった。

なんか…内面が薄くない??!と…😑

カルピスだったら作り直すレベル。

人間としてなのか、先生としてなのか、分からないけど、とにかく何かが、チャラいというか…薄いと感じた。

最初は、見た目も頭も良くて仕事もできるの?!面白い話も上手い!理想的な先生ですごい✨なんて無邪気な尊敬の念が過剰にあって、盲目的に信頼していただけに、「元々勉強が出来る上にこの容姿で散々モテてきた俺の話」を小出しに授業に絡めるスタイルに気づいたときにも、段々と苦笑。雑談として授業で自分の恋愛遍歴を話す教師…ないわ😩

後々にその人は自身の担当していた教え子と付き合っていたという、モラル的にグレーな出来事が判明。私の中での彼の株は外見云々をすっ飛ばして密かに大大大暴落することになる。現実で起こるとゾッとするものがあった。

 …というようなエピソードがありまして、モラルとかそういうのにだらしないと、こんなに人って色褪せて見えるんだ…と実感😩👇

どれだけ見た目が良くて、社会的地位があっても中身が伴ってないと形無しになるというのを、反面教師的に学んだ。とっても美男or美女でも、なんとなく「薄い感じの人」は、残念ながら、いる(いた)。何かこう、滲み出る何かに、後になって気づく。自分はどちらかというと、人に対するアンテナの感度が鋭いほう。実際にお話したとき、何かが薄〜いと感じた人とは、これからちょっと気をつけていきたい😩

 

 だーいすきな役者さんや歌手、アーティストが輝いてるのはどうしてか?考えてみるとそれは、自分の技術・中身を磨いて、見た目だけでは判断できない世界に生きて、精一杯その世界を楽しんでいるから なのかなって。表現の世界での実力込みというか、ビジュアル面と内側から出てくるものの両方があっての輝きなんだよなあ、きっと。見た目以外のものを磨いて人生に組み込んで自然体で生きてる人が、とても魅力的に見える。

 

見た目の悩みは、本当に容姿がコンプレックスになっていて、それを解決するために何でもやりますッ!!くらいの気持ちがあって、環境が整えば、ちゃんと道は拓けてくると思うし、きっと乗り越えられる。女性男性問わず、口元の悩みは結構多く聞くからね。(ちなみによく整形されてるパーツランキング上位は、目と鼻らしい)

私の周りの友人でも、歯科矯正に踏み出すコがちらほら増えてきた。

形のあるものは、すごく影響力が強くて、真っ先にそこに目がいってしまうけど、だからこそ、それを物理的に変えられた時には、大きな自信になるんだろうと思う。それこそ歯科矯正とか整形だとか。それくらい、形があって状態の変化が分かる「外見」は、優先されがち。それに囚われすぎて、一喜一憂してしまう……。

形が見えないものの良し悪しを見抜く意識を育てることも、やっぱり必要なのでは?そりゃもう、見た目を気にすることと同じくらいに。物だけに頼らず、自分の努力込みで何かを変えられたとき、それは大きな自信に繋がっていく。高慢になれというんじゃなくて、変わっていく見た目のために、内面も磨いてみようっていう気になる。自分の場合、矯正治療しているここ数年、ずっとそんな気持ち。

 

 さあ、こんな主張をしている私はどうなの、「美」に対してそんなによく出来た人なの?と問われると、そうでもない。

おはようからおやすみまで、ずっと「美しさ」について考えているわけじゃない。最近考えていたことを、少し具体的に書いてみたかっただけ。

外見は演出できる。でもその人の思想や、そこからくる言動は、よっぽどのことが無いと大きくは変わらないと思っているから。

内面が伴ってこそ、真の美男美女。内面の魅力もあって外見はさらに輝いていくもの~!というのが持論。

 

明確な答えは無い。だから各自で設定するのかも。

内面が伴ってこその外見ということで、重要度はどちらも50/50かなあ、というのが、今の総合的な意見。

まず自分自身が、本質を見抜けるスルドさと内面込みの輝き✨を持てたら、そこから何かが始まっていく気がする。

見た目だけにとらわれないニュートラルな視点で考えたいものです。

 

…と、見た目の話で熱弁した〜〜!最後まで目を通してくれたそこの貴方!とにかくご静聴(?)ありがとうございました〜〜!😁